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アメリカンまたたび

留学はまたたび

アメリカンエアラインでクレジットカードを作ったので、アメリカとフィンランドに行きたい

先月申し込んだクレジットカードが届きました。たぶん2週間くらいで審査が終わったのかと思います。

 

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今回、わたしが選んだのはアメリカンエアラインのカードです。

 

なぜわたしがアメリカンを選んだのか?それは簡単。アメリカとフィンランドに行きたいからです。それだけの理由です。

カード会社を選ぶときに友達や知り合いにいろいろ聞きました。ルミネカードならルミネで買い物するときに割引きくよとか、楽天もいいよとか、ユナイテッドもいいねとか。

わたしはそこまで物欲がない。ただアメリカに帰りたいがためだけに生きている。そしたら航空会社のカードしかないと思いました。それで買い物のたびにマイルを貯めて、航空券を買いやすくするという魂胆です。まぁこれをやってる方はたくさんいますよね。

そんな中でもアメリカンを選んだのは、ワンワールド系列がわたしにとって都合が良かったからですね。フィンエアーはワンワールド。JALもワンワールド。ワンワールドでアメリカに行くには?アメリカンですよね。ただ単にフィンランドとアメリカに行きたいだけです。

留学中に約15の航空会社を利用しました。そのときにやはりわたしが気にいる航空会社はワンワールド系列が多かったというのもありますね。

わたしが地道にいろんな航空会社使いまくっていたのにはクレジットカードを作るための理由があったのです。

あとアメリカンのカードではレンタカーのハーツでもお得にポイント貯められるとかなんとか。アメリカに帰ったら、レンタカーは必須になるのでこれもポイントでしたね。

スターアライアンスのユナイテッドのカードとも迷いました。でもフィンランド行きたいから、アメリカンでカード作りました。フィンランドにも近々行けるように頑張りますね。

ちなみに夏休みはニューヨーク帰ろうかなと思っています。夏のニューヨークも大好きです。早くニューヨークの森でお散歩したいですね。

 

 

英語ができることで世界は広がるけど、背景や文化的要素を理解する力も必要だよね

わたしは英語が苦手だ。アメリカの大学に正規留学し、英語しか使わない環境にいたにも関わらず、英語が苦手だ。

留学していたときは、常に英語に苦手意識を感じていた。

英語が話せて当然だし、うまくできないなと思うことがあり、それを克服できても次なる英語の壁は出てくる。

英語が話せないと話にならない環境だったから、自分の英語に自信を持つ余裕なんてものはまったくなかった。

英語が使える楽しさというのも、留学していたときはわからなかった。なぜならできないといけないものが、わたしはできていなかったからだ。

周りの人たちはわたしよりもきれいな発音と豊富なボキャブラリーでどんどん話す。そんな人たちと自分を比べるだけだった。

留学中にアメリカ人と付き合ったこともあったが、自分の英語力のなさをいつも申し訳ないと思っていた。こんなひどい英語に付き合ってくれてありがとうと言う気持ちだ。

だからわたしは自分の英語がどのくらい伸びたのかもわからないまま、大学を卒業した。

そんな英語コンプレックスの塊だったわたしが、初めて英語を話すのが楽しいなあと思う出来事があった。卒業旅行の一環で日本への帰り道にスイスのチューリッヒに行ったときだった。

チューリッヒではAirbnbで南アフリカ出身の女性の家にステイした。

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彼女と話すのがとても楽しかったのだ。自分のことを話すのもとても楽しいと思った。彼女のこれまでの人生とかを聞くのもとても楽しかった。

お世辞だとはわかっているが、あなたの英語はとても素晴らしいと言ってもらえた。

ここでわたしは思ったのだった。このような経験ができているのは、英語が話せるからだと。

ヨーロッパでは英語は公用語になってる国はすくない。しかし多くの人が第二外国語として英語を流暢に話す。そんなところに足を運んだからこそ、こんなことを思えたのかもしれない。

コンプレックスを常に感じ、大学で死にものぐるいで英語で勉強したのも無駄にはなっていなかったのかもしれない。

こんな些細な経験でも、人生の幅っていうのは広がるのかもしれない。だって日本語しか喋れなかったら、この楽しさはわからないはずだろう。

英語が少しできるだけで、触れられる情報量は違うというが、本当にその通りだなとこの経験を通して思った。しかし英語ができるだけでは話にならない。背景や文化的要素を理解しないと、コミュニケーション取れる量は減るだろう。

スイスでの経験から、英語を話す楽しさはもちろん、もう少し自分の英語に自信をもってもいいのかなと気付かされた。またもっと勉強しないといけないこともあると思った。なんだか知らない世界への切符を手にしたような気分にさせられた。

 

自分の専門外のことも勉強してアメリカ留学した結果、自分の専門が何なのか分からなくなった話

留学終わった後の戯言シリーズです。

昨日、かなりショッキングなことがあって、この三連休は号泣その疲れでてんてこ舞いだった。実家に帰ってずっと部屋でボーッとしていた。溜まっていた作業をやるつもりの三連休だったが、なにも手がつけられなくなるくらい精神的に参ってしまっていた。

そんなことは置いておいて、ブログを書く気分になったので、表題の話をしようと思う。

いま、わたしは自分の専門がなんなのかがわからなくて放浪としてる。

たかが学部を出たくらいで、専門などとほざくのは、フォロワーの大学院生の皆さまや大学の先生方にとても失礼なのは重々承知である。

具体的に言えば、わたしはどんな勉強に熱中できるのかがわからなくなってる。どんなことを専門に仕事をこれからの人生でやっていくのかがとても分からない。

そもそもわたしが日本の大学を辞めてまで、アメリカの大学に行ったのは、自分の専門外のことも自由に勉強するためであった。

専門バカになりたくないと思って、いろいろな分野のことを勉強し、それを自分の専門を学ぶときに幅広い視野で見られるようにするためだった。

それができるのがアメリカのフレキシブルな大学教育だった。18歳の時のわたしはそれに惹かれたのだった。

だから自分の留学の当初の目的はある意味で達成しているのである。

大学では浅く広くITとジャーナリズムの基礎を勉強した。いろんなスキルを身につけたくて、PhotoshopとFinalCutProも初心者レベルではあるが使えるようにはなった。

大量にペーパーを書いた。毎週ペーパー地獄だった。おかげで英語を書くことに何のためらいもなくなり、数十分で与えられたテーマに対して自分の意見を500ワード程度でスラスラ書けるようにもなった。留学初期にはこれができなかったので、ある意味進歩だ。

ジャーナリズムのクラスでの取材活動を通して、人の話を聞いてそれを媒体にすることの素晴らしさを体感した。留学生活には後悔はない。これが留学生活でできるすべてだったと思う。

しかしいざ卒業して、日本に帰った途端に、自分の専門がなんなのかがわからなくなった。

ニューヨークにいたときに、とある日本人女性と知り合った。その方のことをとても尊敬しているので、少し書かせていただきたい。

その方は30年以上前にアメリカに留学生として来て、それからウォール街でバリバリのキャリアウーマンとして成功された方だった。現在は第一線から退き、ニューヨーク郊外の村でフリーランスとして旦那さまとわんちゃんたちと暮らしてらっしゃる。

その方も金融業界で自分の専門を究めたのだなとお話を聞いてて何度も思った。はっきりとした意思と上昇志向があり、すべてのお話が華やいで見えた。もちろん相当な努力とエネルギーの賜物である。しかしその姿にわたしは憧れた。

その方とわたしを比べるのはとても恐縮であるが、専門を究めるというのはこういうことなのだろうと思った。しかしいざわたしが「自分の専門」を究めるとなると、何を専門にするのか、何を頑張るのか、その辺が帰国後からとても曖昧になってきた。

大学でITのことを幅広く勉強したのはいいが、専門にするまでではないと思った。ジャーナリズムにしても、何を専門に書いていけばいいのかが不明瞭すぎる。わたしは一体なにをやっていけばいいのかが全くわからない。

しかし「これ!」という専門を持ち、それを究めたいという欲だけは一丁前にある。生意気なはわかってる。今までこだわりが強く生きてきた。留学を機にそのこだわりの強さがなくなった。そのギャップに悩んでいるわけでもある。

だからこそ好きなことや目標に全力で頑張る人を見ると、本当に素晴らしいなと思う。それと同時に自分自身に強い劣等感を抱く。

これからどうしていくのか、そんな不安が常にある。流れに身をまかせることも1つの手なのかもしれないが、これといった目標を持って突き進みたいのが本音だ。しかしその目標がないので元も子もない。

しばらくは目標探しが続くのかもしれない。自分の専門とはなんなのかと自問自答する日々が続く。

正直なところ、とてもつらい。今までは目標があった。大変なことがたくさんあったが、これまでは目標に突き進むだけだった。だからこんなこと考えたこともなかった。

今のお仕事を頑張り、フィンランド語も頑張り、いろんな人と交流していきながら模索していこうと思う。