アメリカンまたたび

留学はまたたび

【自分のこと】わたしの"ギャップイヤー"について - 大学辞めてから渡米まで

follow us in feedly

ギャップイヤーって高校を卒業してから大学入学までの期間を言うことのような気がします。まあ私の場合は大学を辞めてからコミュカレに入るまでのことですかね。私の場合普通の人と違ってギャップイヤーと言ったらいいのかよくわかりませんが、なんだか最近ギャップイヤーに関する記事を読むことが増えたので、わたしが経験したギャップイヤーについて書いてみようと思います。

私が大学を辞めたのは書類上では2013年の3月31日ですけど、事実上はもう1月のテストが終わってからのような気がします。1月の終わりに男友達に家具を受け渡して、それから実家に帰りましたね。ボロマンションの契約は3月14日まで。2月の中旬頃まで地元でパスポート新しくしてIELTS受験の手続きとかしてた気がする。
あと親にアメリカに行くまでの間何もしないのはありえないからなって言われてバイトを探してましたね。最初は地元のイオンのオーダーメイドの枕専門店に応募して、面接。面接の時に担当のおっちゃんがわたしがアメリカに行くことにとても興味を持ってくれて「留学にはお金がいるよね〜ぼくはそういう若者を応援したいんだよ〜」って言われてなんとか受かったんですよw これまで京都でバイト5連敗くらいしてたわたしがようやくwって感じでした。

それからまた京都に帰ってそのとき顔を出してたコミュニティの合宿に行ったりしました。その間に私が後々お世話になることになる渋谷の某IT企業のWebメディアのアルバイト求人を見つけたわけです。ずっと読んきているメディアだったし、やってみたかった。まあ無理だろうけど試しに応募してみるかということで応募しました。そのときネットのフォームに自分の個人情報とか志望理由みたいなのを書いた記憶があります。
それから人事の担当の方からメールもらって面接することに。まさか面接できると思っていなかったもんですからびっくり仰天です。夜行バスでいざ東京へ。
ヒカリエのオフィスすげええって田舎者丸出しな面持ちでヒカリエのオフィスに行きました。それから面接しましたな。
それからすぐにその日の夜の新宿発のバスで京都に帰りました。そんでたしか一週間もしないうちにOKの返事をいただいた気がします。まさかほんと受かると思っていなかったので、まさかでしたね。ほんとにまさか。枕のおっちゃんにごめんなさいの電話をしたのを今でもはっきり覚えてますね。

京都のボロマンションの部屋を引き払って2日くらいで初出勤。それからちょうど丸4ヶ月働きました。週5の8時間勤務で周りの友達とか高校の先生からはOLかよwwって言われましたね。まあ家にいてもやることないし、最初から週5で働く契約だったので。朝の5時に起きて、5時半に家を出る。それから5:55の電車に乗って上野まで。それから7:22の銀座線に乗って渋谷へ。こういう電車の時間っていつまでたっても覚えているもんですね。
朝は早かったけど、電車では座れたから電車で爆睡でしたね。バイトでやってたことは記事を載せたり、FBとかTwitterで記事を広めたりすること。毎日面白い記事を読めるし、すぐに新しいニュースは入ってくるしで毎日新鮮で刺激的で面白い職場でした。ずっと座って作業するから腰は痛かったけど(アーロンチェアだったのに)、やってたことは楽しかった記憶しかないし、ほんと良い経験させてもらったと思っています。そこで学んだことが今こうやってブログ書くのにかなり生きています。
渋谷という立地もほんと便利でよくバイト帰りに友達とご飯食べたりカフェ行ったりもしました。帰りは銀座線だから表参道とか銀座とか日本橋にも寄れました。毎週金曜の帰りに日本橋の丸善に行って本を大量に買うことが楽しみだった。

このようにバイトする傍ら留学の準備もしてました。週末は池袋行ってお手伝いしてくれる人と学校の入学手続きと、ビザの発行手続き。

そんなこんなで7月19日くらいまでバイトしました。それから7月30日に渡米。ほんと毎日バイトして、留学の準備してって感じであったのであんまよく詳しくどんな生活を送っていたかは覚えていないんですよね。たまに去年の春から夏のニュースとか見かけると懐かしいなあって思うくらい。

ギャップイヤーというと一人旅をしたりとかするイメージありますが、わたしはこれでよかったなと思う。なかなか経験することができないことを経験させていただいて、バイトの分際なのに良くしていただいて感謝ですね。
だからギャップイヤーって自分がやりたいと思うことをやればいいんだと思います。だれかに捉われることなく。その選択はのちのち自分の人生に生きてくるんだと思いました。