アメリカンまたたび

2018年秋からニューヨーク大学の大学院で留学生教育を勉強する予定。

【留学】寮の飯とカルチャーショック

気付いたら今日で北東部に引っ越してきてからちょうど3ヶ月です。アメリカの生活が二年目とはいえ戸惑うことが多い毎日です。今学期の葛藤は詳しくは来月に書く予定の学期の総括で。 

今日は食事とカルチャーショックのお話をしたいと思います。

発端はこの昨日のツイート。


とまあこんなやりとりがありました。

強調したいのが最後に引用したわたしのツイートですね。

"アメリカ流を貫こうとしても体は正直なものでその食事を拒否する"

アメリカの大学に来たのだから、アメリカ人と関わって、食事もアメリカンなものを取ろう。せっかくのこの機会を無駄にはしたくない。

これはわたしが今学期の最初に思っていたことでした。だから食事も寮のものがなにもかも新鮮でした。

しかしやはり限界がくるものなんですよね。そりゃあ19年間日本にずっと住んでて、そしてかつアメリカ生活一年目は日本食や自分が食べたいものをほぼ不自由なく食べていましたから、いきなりアメリカの食事にして限界がくるのは自然の原理なのかもしれません。

その限界を感じ始めたのが10月が始まったころでしょうか。寮で食べるご飯がなんとも受け付けられなく感じ始めていたのが。
この一ヶ月寮の飯食べられてきただろと自分に言い聞かせていても食事を取るのが鬱になる。 身体がウッと身を引こうとするんですよね。食事となると。
そして寮の食事が受け付けられないのは自分が甘ったれているのかとも悩むことがありました。アメリカの大学の寮の飯に馴染もうとする努力をしていないのかとかetc

がしかし。
それで食事もカルチャーショックとして考えられるんだなと最近思うようになりました。

カルチャーショックを勉強したことある方ならわかると思うんですけど、カルチャーショックには波があります。
こんなやつ。
 32 PM
(このグラフはわたしが一年前に勉強した記憶をもとに作りました)

わたしの食事ので考えると、①が寮の食事がまあなんとか食べられるし、アメリカの寮の食事も新鮮だなあと思っていたあたりですね。学術用語では①の位置をHoneymoonといいます。まさに新婚夫婦のハネムーンようですね。

んで10月から今もかな、それが②になるんだと思う。たいした変化のない寮の食事に飽きてきて、 日本食が恋しくて恋しくてたまらない。そして食事をとろうとしても体は無意識に食事を拒否するようになる。

カルチャーショックって普通は生活や人間関係の変化のことについて考えられるようにわたしは思うんですけど、実は生活の変化のあらゆる要素が結びついているんだなあってこの食事の件を通して思いました。

【番外】
少しでも美味しく食べられるように手を加えたりすることもあるんですけど、手の加えようがないのが多くてまあこれがアメリカなんだなと最近は受け入れられるようになってきました。まあそれかあと少しで日本に帰れるから諦めている感もあるw

結論としましては、食事はそう簡単に変えて自分で受け入れられるもんじゃないwということです。まあでも慣れるときもくるのかな。

食事のことも含め、今学期のカルチャーショックは最初にも書いたとおり、学期の総括として来月書いて更新します。LAの空港に泊るし、その時にでも書こうかな。