アメリカンまたたび

3年半のアメリカの大学生活を終えて日本に本帰国した23歳女の戯言

英語力って人それぞれじゃないの?


最近すごく話題ですよね、このテーマ。

グローバル化に対応した英語教育改革実施計画 - 文部科学省

これをやった結果、日本人の英語力がどこまで伸びるのかが楽しみであります。

日本人の英語力うんぬんの問題は別にどうでもいいです。
これから国をあげて頑張るのでしょうから、優しく見守っていきましょうよって感じですね。(改革の内容に口出しをするとキリがないので辞めておきます。)

でも私は思うわけです。求められる、求めている英語力って人それぞれなわけだから、統一してやる必要ないんじゃないのかってこと。

これこそまさに日本人のお国柄が顕著に出ていますね。
「みんな同じじゃないとだめだ」
はっはっは。

こんな国をあげて英語わっしょいなんてやってる国ないでしょうね。

そもそも日本人で外国で働きたいなって思っているような人は日本の英語教育になんか期待してないだろうし、日本にいる間に英語なり、その行きたい国の言語を自分でコツコツ勉強をし、そしてさっさと外国に行ってしまうのではないかと思います。

事実、現在日本の外で活躍orお仕事されている方はそういった人ばかりではないでしょうか。

ここで私が提案するのは、もう学校ごとに任せてしまえばいいんじゃないかってことです。統一する必要なんかないでしょってこと。

グローバル化だー!とか言っても、興味がない日本人はたくさんいるでしょうし、逆にどんどん日本の外に出て活躍したいor日本の有名企業に就職をして海外の企業と円滑に交渉ができる人材になりたいっていう人もたくさんいると思います。

なんか文科省の計画書を見ているとみんながみんな海外に行きたいのです♡みたいに見えてくるんだよね。

そういった人たちで通う学校っていうものは違うと思います。
将来英語やその他外国語を使ってバリバリ仕事がしたい人は、英語やCritical Thinkingの教育に力を入れた学校に行くでしょうし、そこらの田舎の三流の高校や大学には行かないでしょう。
だから、英語のカリキュラムなんぞ学校ごとに任せてしまえばいいのではないかと私は思うのです。

まあ私はお金がないから英語の教育に力を入れてる学費の高い学校には行けないっていう意識の高い人には奨学金を提供するなりなんなりして問題解決を考えればいいでしょう。(変なとこに税金使わないでよ、こういうとこに使うべきでしょうが)

英語の授業を英語で教えるっていうことに対し、最近Twitterで英語の先生の英語力が問題視されていますが、ハイレベルな英語のカリキュラムを用意する学校は必然的に英語が流暢な先生を採用するでしょうし、それもそれで問題解決だと思います。

わたしがお世話になった高校のときコースは英語にものすごく力を入れてるコースだったので(世界史に溺れて残念になったのが私なわけだが)、英語の先生はもちろん、現代文の先生も英語が流暢でしたね。先生の能力ははんぱじゃなかった。

日本で平々凡々と暮らしたいと思っている人に英語英語ひゃっほい!って強要するのはどうかと思います。
だから英語のカリキュラムに力を入れない学校は海外旅行の際に日常会話に困らない程度の英会話を教える程度でいいんじゃないでしょうか…。

ではでは私の言いたいことはこんな感じです。今年もまだブログ更新すると思われます。