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アメリカンまたたび

留学はまたたび

ないものや不便なものは自分で工夫したり作ることはすべての留学生が意識するべき

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わたしは2013年の夏にアメリカでの正規留学の生活を始めました。カリフォルニアのど田舎に住み始めてからの自分はというのは、アメリカのものに文句を言う毎日。食事はもちろん、日用品など、ことあるごとに日本のものと比較していました。

ニューヨークの州都に引っ越してからは、大学のシステムに文句を言う毎日。チューター制度がないだの、留学生オフィスはトンチンカンな対応しかしてくれないだの、文句ばっかりの日々。

そんな文句ばかりだったので、アメリカでの日常生活は楽しいはずがありませんでした。基本的にネガティブ思考なのでね。自分から楽しもうとする努力を何もしていなかったように思います。

しかしやはり自分でもこのまま文句を言うだけではいけないと思っていたわけです。はっきりと明確な意思のようなものはありませんでしたが、アメリカのものに馴染む努力はしていました。そんなことをしていく過程で、「ないものは作る」という意識が芽生えていきました。

ないものは作る。これってできそうでできない。しかしアメリカにいたら、住み慣れた日本とは違うことが当たり前。ないものは作っていけばいいんですよね。それが欲しいと言い続けたところで、自分でどうにかしろなどと言うおっさんはいませんし(これが日本の大学にいた頃はいたんだよね、こういうおっさん)。

わたしが3年半の留学生活で「ないものは作った」ことで一番印象的なのが、チューターサービスでした。

わたしがいた大学、ニューヨーク州立大学オルバニー校、今は少しずつ勉強のサポートができてきているけど、わたしが編入した2014年秋当時はライティングセンターしかなかったんですよね。

留学生ってライティングやペーパー(レポート)の課題では文法ミスで大きく点数を落とすんですよね。しかしライティングセンターではこういう文法のミスってチェックしてくれないんですよね。ESLのクラスでも見てくれないと留学生の友達が言っていました。

しかし英語ネイティブの友達に課題があるたびに毎回見てもらうのは気がひけることでした。

そんな時にジャーナリズムの教授に相談しに行ったことがありました。「君にはグラマーを見てくれるチューターはいないの?」って聞かれて、「この大学にはライティングセンターはあるけど、そこではグラマー見てくれない」と言いました。

その教授はフルで学費を払っているなら、Educational Serviceは受けるべきだと考える人でした。教授がいろいろなところに問い合わせてくれたけど、その時はどこのオフィスも相手にはしてくれませんでした。その教授が「この人に問い合わせればいいよ」と言われた人も、いざオフィスに言ってみると何も知らないなどということがありました。

こうやって1か月以上交渉し続けました。それからようやくジャーナリズムもオフィスが手配してくれたチューターのオフィスアワーを教えてもらいました。このおかげで、わたし以外にもチューターのところへ行くジャーナリズムの留学生は何人かいました。

これは教授が粘り強く対応してくれたおかげが強いですけど、わたしも1か月以上言い続けたのは良かったと思っています。言い続けなければ、このように形になることもなかったのかなと思います。

今でこそグラマーは完璧に使えるようになったわけではないけど、やはりチューターがいることで成績も上がりましたし、うまく英語を使うことを意識する習慣はつけられたのかなと思います。

留学生活で不便に思うことは人それぞれですが、自分が不便と思うことは積極的に取り掛かっていくことこそが留学の価値なんじゃないかなと思います。その過程は辛いことの方が多いけれども、少なくともアメリカでは聞く耳を持ってくれて対応してくれようとする人は多いと思います。ちゃんと言い続けないといけないけどね。

これが乗り越えられるだけで、留学生活の快適さって大きく変わってくるんじゃないのかなと思います。