アメリカンまたたび

3年半のアメリカの大学生活を終えて日本に本帰国した23歳女の戯言

大学院受験アップデート 10/3/17 : オクラホマ第一印象

オクラホマに昨日の午後3時頃着いた。今は3日の朝の5時過ぎ。時差ぼけで目が覚めてしまったので今の心境を書き残そうと思う。

おめぇまた文句ばっかりでうっせーなって思う方もいると思うけど。

テキサスの空港でも感じたが、オクラホマにいることで、これまでのアメリカ生活で一度も感じることがなかった違和感を覚える。それと同時に疎外感を感じている。これはアメリカ国内やヨーロッパ各地への旅行や乗り継ぎでも経験したことがないものだ。

この違和感と疎外感はどっかで見覚えがあるなあと思ったら、大学1年のとき、関東から京都に引っ越した時に感じたものとなんか似ている。

あのとき、同じ日本にいるのに日本にいるような気がしなかった。クラスでもサークルでも周りの友達は関西弁を話していて、わたし一人だけ違う言語を話してる。関西の人の雰囲気に自分はなることができなくて、友達がいても、心のどこかで孤独感を感じてた。

京都や大阪の街に自分は歓迎されてないようなそんな変な思い込みをあの頃は感じていた。(これ高校の時の友達や会社の仲良い同期も、関東から関西に行った時に同じ経験したと言ってた。)

オクラホマに到着した今、5年半前のあの頃と同じことを感じる。まだ着いて24時間もたっていないのに、雰囲気がどうしても違和感なのだ。

まずテキサスでオクラホマ行きの飛行機に乗る時からここはわたしの知ってるアメリカじゃないというよくわからない雰囲気を感じ取った(まぁ初めて来るアメリカだから、当然なことなのはわかってるよ…)。

オクラホマシティに着いて、宿に向かう車の中では「なんかだだっ広いところだなあ、でも嫌いじゃないなあ」と思った。

宿に着いてからはホストが迎えてくれた。心配していた英語の聞き取りや話にはまったく困らなかった。むしろニューヨークよりもみんな話すのがゆっくりだから楽だった。わたしの発音も聞き返されることはなかった。

京都にいた時と違い、今回は言葉の問題はなさそうだ。しかし雰囲気の違いに戸惑ってる。雰囲気なんか違くて当然だ。しかし最初からとけ込めるかどうかの問題がある。

たしかにカリフォルニアからニューヨークに引っ越した時も雰囲気の違いにはもちろん戸惑った。だけどあの時は今回のような違和感や疎外感はなかった。大変なことは山ほどあったし、友達できなくて孤独なことも多かったけど、街から疎外感は感じなかった。

このような現象はわたしの文句だけの問題ではなく、他にも感じる人はいると思う。なんか学術的に名前付いてないのかな。分かる人いたら教えてください。

なんだかよくわからないけど、もしも大学院に受かったら、わたしはここで生活していけるのだろうかと自問自答してる。答えは出ていない。

6月にニューヨークに遊びに行った時の、「ただいま」という感覚が恋しい。