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アメリカンまたたび

留学はまたたび

【留学】アメリカに住み始めてから起きたハプニング集

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渡米して2年がたったので、ぼちぼちこれまでの生活を振り返っています。気が向いたらこのようにブログに残そうと思います。
今回はアメリカに来てから起きたハプニングを紹介します。まあいろいろありましたね。ブログに書いたものから書いてないものまでいろいろです。わかりやすくするために渡米まじ直後から時系列で。

①サンフランシスコに到着早々飛行機ダブル欠航でわたし大泣き

これはもうわたしの鉄板ネタなので聞き飽きた方もいらっしゃるかもしれません。初めて一人で渡米したアメリカ西海岸時間7月30日の午前10時。アップグレードしてもらったデルタのビジネスで調子ぶっこいてサンフランシスコの街並みが飛行機の中から見えた時は「ハローサンフランシスコ♡これからよろしくね♡」などとSFに住むわけでもないのになんか心の中でほざいていた矢先。

フライトインフォーメーションにチコ行きの情報が出なくてうずうずしていた矢先のこと。SF発の5:30pmのフライトの隣にCancelledの文字が。他のLAとかNewark行きとかみんなOn Timeの表示なのになぜ?初めての一人での渡米でもう頭の中は真っ白。

自分が悪いわけでもないですが、19にもなってもう涙が止まらない。不安になって泣いてしまうなんて情けない。どうしたらいいのだ。とりあえずトイレに駆け込んで泣く。しかしここで頼れるのは自分しかいないことを悟って、とりあえず喋ることができない英語でUnitedの職員に話しかけてみる。

この時のわたしは飛行機に乗れるかということよりも預けた荷物が心配だった。でもなんて言ったらいいのかわかんない。もごもごしていたので、職員に呆れられる。わたし心の中で「もう〜!英語しゃべられないの〜!助けてェ!!!!!!!!!!!」と叫ぶ。これを英語にできたら容易いものだが、当時の自分には英語で怒るスキルはなかった。今なら吠えるけど。(いや、吠えないでちゃんとCancelになったからどうにかしてとpoliteに言うからねw)

それから二人くらいにたらい回しにされて、ようやくたどり着いたアジア系のお兄さんが助けてくれました。「君チコに行くのかい?大変だな」と言いながら、わたしは何も言っていないのに、状況を察してくれてチケットを発行してくれた。

やっと泣き止んだわたし。次の飛行機は夜の10時。とりあえずその頃まだお昼ごろだったので、まだセキュリティチェックは受けずにpre-securityのところをうろうろしていた。だけど暇すぎてSecurityチェック。ここで担当のお兄さんに「まじ早いね」などと言われたけど、まあ気にしない。

SFOはとにかく広い。事前に空港マップをコピーしていたけど、全く役に立たない。広すぎて自分がどこにいるのかすらわかんないのだ。とりあえずGate20だかその辺にいかないといけなくて、周りを見渡すと90とかでどんだけ遠いのよ…と思いながらその辺にいたオジさんに「ねえねえ、このゲートってどうやって行くの?」と聞いた。 それから隔離ゲートへ向かう滑走路を走るバスに乗って移動。意味わかんないくらい遠いところまで来てしまった。

そこで夕方の6時くらいまでずっとyoutubeでドラマ見ていた。まじで暇だった。それからフライトインフォーメーションを見ると10時の便が欠航になった。もう欠航のプロになったわたしは「またかい」と余裕の表情。しかし今は夜。このまま空港に泊まることになるのか?しかし空港の外に出る勇気はない。とりあえずまたチケット再発行してもらい、 周りの人の行動を観察した。みんな空港に泊まるの?それとも飛行機まち?ねえ?とひたすら問いただしながらドラマを見ていた。

なんかもう孤独でしかなかったです。寂しいとかそういう感情を通り越して無になります。ただホストマザーの連絡先だけ知ってて、逐一不安そうな文面でメールを送っていました。ホストマザーはそれも経験よ!ファイト!みたいに言ってくれましたけど、もうわたしは不安を取り除くことで精一杯でした。

結局空港に泊まったのは隔離ゲートでは4人だけだった。アメリカは危ない国とか勝手に思っていたわたしは荷物盗まれるんじゃないかと思ってあんま眠れなかった。ずーっとドラマ見ていましたw

その後は10時の飛行機だったけど、結局遅延になり、12時頃ようやくサンフランシスコから離れられました。滞在時間26時間。あれから何十回と飛行機乗っていますが、この記録が破られることはありません。 そして不安すぎて全然眠れなかったので、SFーChicoの機内では爆睡、家についてからも爆睡。ちなみに荷物はわたしよりもチコに早く着いていたんですよね。わたしがちょうどSFに到着して30分後とかにSFを出たチコの飛行機に積まれていたぽいww

学んだこと:自分から言わないと誰も助けてくれない。泣いても前に進まないとアメリカでは生きていけない。

②バス乗り間違えてチコ以上のど田舎漂流

これは留学生のオリエンテーションの帰りでした。ホストマザーから帰りはバスで帰ってきてねと言われたので、バスで帰ることに。オリエンテーションに行く途中にキャンパスまでホストマザーが送ってくれて、そのときにバス停の説明をしてくれたにもかかわらず、わたしは乗場を間違えた。アメリカのバスは番号で決まる。20番のバスで帰ることまでは合っていた。だけど同じ20番のバスとは言えども逆方向に行ってしまったわけですね。

バスはFreewayに乗る。Freewayでチコから南に行くと、ほんとになんもない草原がただただ何マイルも続く。バスは信号がないFreewayを勢い良く駆け抜ける。草原を見て不安になるわたし。そしてカレッジがある降り場を普通にあっさり過ぎる。このあとどこへ行くの・・・とただただ不安になり、わけもわかんない状態でホストマザーに電話。焦りすぎてホストマザーがなにを言っていたのかわかんない。ただわたしは漂流ルートを辿る。

わたしが漂流したのは、チコの一応隣町のOrovilleという町の入り口。なにかのオフォスの前のバス停で降りた。

11 PM

20マイルも旅してたw 地図見るとわかるとおもいますが、ほんとなんもないでしょw

ホストマザーに迎えに来てほしく、「Orovilleにいるんだけど。**っていう建物の前にいるの…」と言っても「わたしOrovilleは土地勘ないから無理だわ…ごめんなさい…あなたが無事に帰ってくることを祈るわ」とだけ言って会話は終了。スマホもこの時は持っていなかったし、ただ次のバスがくるのを待った。とりあえず次のバスがどこへ行こうと「Chico行く?」って聞くだけでも違うだろうと思ったのである。

あの時は時間が経つのが恐ろしく長く感じたので、どんだけ待ったのかは覚えていません。チコの灼熱の太陽の下で草原を眺めながらひたすらバスを待った。とんでもないところに来てしまったなとしか思っていなかった。

運良くもこのあとに来たバスがチコ行きのものでした。20番だったし。ちゃんと帰れました。このあとホストマザーに言われたんですが、「あなた途中で降りなくてもあのバスそのまま乗っていればチコへ行ったのよ」と。焦りはよろしくない結果を生むのだなと学びました。そして、わたしは方向音痴ですわ。

③極寒のキャンパス放浪

NY最初の学期は寮に住んでいたことは知っている人も多いと思います。そのときの同じ部屋(二人一部屋)のルームメイトと仲良くありませんでした。最初に会ったときにわたしがHelloと笑顔で言ったんですけど、そのときに睨まれてからそれ以降話しかける気が失せただけです。それから会話をした記憶はありません。

ちょうどサマータイムが終了する冬の日にルームメイトが友達二人を部屋に泊めるとテキストメールが来た。まあ部屋にずっといるわけじゃないだろうと思って快く承諾したが、悲劇は起きた。
1日目は彼女たちは外にパーティへ行っていたので、平穏だったので、またパーティに行っているだろうと思ってサマータイム終了日の2日目も不安ではあったが12時過ぎに部屋に戻った。部屋のドアを開けた瞬間にそこはパーティ動物園。開けた瞬間にすぐに閉めてわたしは部屋をあとにした。

前に寮一階のラウンジにいたときに友達が通り過ぎて心配されたことがあったので、心配させたら申し訳ないと思って、キャンパスのラウンジへ行った。しかし時間がもう遅すぎてしまっていて、もう行くところなくてただ極寒のキャンパスを放浪としていました。なんかもうわけわかんなくなって、それしかできなかったんですよね。それで途中からもう寒すぎて歩いていられないとなって寮の一階に戻ったわけですけど。

このときのハプニングは皮肉にもパーティ動物園とサマータイムの終了がかぶったことです。サマータイムが終了するときは、時間が1時間戻るんです。深夜2時になろうとしたら、1時に戻るんです。だからパーティ動物園の開園時間もまた1時間伸びることを意味するわけです。

まああのときはただ逃げるという思考回路しかありませんでしたが、共有スペースでトランプやっていたスイートメイトとその彼氏たちに混じってトランプ一緒にやっていればよかったかなと思います。あとちゃんと話し合うって大事だなと思いました。睨まれようが優しくされようが、コミュニケーションとらないと舐められるだけです。そして当時のルームメイトにも悪いことしたのかなと思います。こういうのでいろいろ学べるものですね。


他にもブログに書けないようなハプニングは腐るほどありますが、長くなるのでこの辺にしておきます。アメリカ留学はいろんなことを教えてくれます。その時々では辛いなと思っていましたが、すべて経験ですし、日本であのまま大学生やっていたら経験できなかったことなのかなと思います。みなさんのハプニングも教えてください。

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