アメリカンまたたび

3年半のアメリカの大学生活を終えて日本に本帰国した23歳女の戯言

日本人の文字に対する美徳文化がもたらすいろんな影響


日本人って手書きの文字のキレイ下手とか、授業のノートをいかにうまく書けるかにこだわる人が多いなあってアメリカに来てからよく思うようになりました。

わ たしが知り合うアメリカ人でノートのキレイさとか、字のうまさとかを気にしている人っていないように見えます。読みやすい字を書く人ももちろんいますが、 だいたいはたしかにHandwritingがうんたらかんたら言われたりもするけど、言ってる先生の字が汚いから説得力はないですよね。

よく中学高校の時に英語のテストでスペルがややこしいっていう理由でよく減点されたことがありました。
これも日本人の手書きを気にする習慣なんでしょうか。アメリカの老人が日本で英語のテストを受けたらみんな減点されるじゃないですかwって思った。

日本のこの手書き文化はお習字の文化が大きく影響してるんじゃないかと思ったんですよね。字を綺麗に書くということは大事だよって小学校のときから教えられてくることですし。
字を綺麗に書けるようになるためにわざわざ教室に通うのって他の国ではなかなかないなあって。逆に興味深いことだとは思いますけど。
今では通信講座でボールペン字とかも習えますし、もはや字を丁寧に書くことをサポートするビジネスが日本では成り立っているってことですよね。

ビジネスでちょっと思い出したのは、東大生のノート公開みたいな本が流行ったこと。
要点がよくまとまっていて、分かりやすいノート作りをする東大生のノートを参考にした本やノートが販売されたことがありました。
これもノートの見た目を気にするからこそ需要があることですよね。

このように字を丁寧に書く、ということにこだわる文化が日本社会の根底に根付いているから、あらゆるところで字がうんたらかんたら影響してくるわけだなあってふいに思いました。

例えば履歴書。

履歴書を手書きで書くのはけしからん!とかいう言説がここ数年の間で話題になっています。
もちろん手書きは時間もかかるし、エコじゃないし、手は疲れるし、書き直そうとおもっても大変なんでわたしも出来たらWebのフォームとかでセキュリティかけて送ることができるやつを主流にしてほしいなあって思うんです。
でもこの履歴書を手書きで書かせることも、日本の社会に深く根付いている手書き文化から来ることだと思ったんです。
手書きで書いたときの履歴書の見た目とか、字の善し悪しとか。
だから、なかなか日本の社会にパソコンで履歴書を作成するっていうことが主流にならないのかなって考えてみました。

字を綺麗に書くことは、自分で書いた字を誰かに読んでもらう時に相手にいい思いをさせたり、あとから自分でなにかを見返した時に読みやすくてレビューしやすいっていうメリットがあると思います。

字を綺麗に書いたり、ノートを丁寧にまとめるってことは、ものの見た目をよく気にするからこそ生まれるものだと思ったんです。綺麗に書くことは素晴らしいことだと思うけど、熱を入れすぎて厳しくしすぎるのも自分たちの考えとかを堅くさせているのかもしてないですね。
そしてなかなか気付かないところで悪影響を及ぼしている部分もあるのかもしれないっていうデメリットがあるのかなって思ってきたわけです。さっき書いた履歴書のように。

人に不快な思いさえさせなければ、私は自分さえ良ければそれでいいと思うんです。こういうところでかしこまってしまうから、いろいろストレスとかも出てくるんじゃないんですかね。
相手に深いな思いをさせない程度に、自分もストレスをためないようにする。なんか簡単そうで難しいテーマな気がします。

ただ日本のお習字の文化はとっても素晴らしいものだとおもうからこれからも存続していって欲しいです。

とかいろいろうんたらかんたら言ってきましたが、わたしは手書きにはそこそこ自信があります。
よく読みやすい字を書くと褒められてきました笑