アメリカンまたたび

3年半のアメリカの大学生活を終えて日本に本帰国した23歳女の戯言

日本ブス社会論


私は一重まぶたなので、もともと自分の顔に自信がありませんでした。
それゆえ高校生の頃は必死にアイプチに励んだものでした。しかしアイプチって瞼の状態によってキレイな二重になるかどうかが左右されてしまうので、日によって目の大きさが違うというアクシデントが多発するんですよね。
その当時の自分の顔がどんなんだったか非常に気になるんですが、写真がないからわからないですね。悔しい。笑

つい最近、そのアイプチ時代の自分を思い出していろいろ思ったんです。

日本ってブス (一重まぶた) に冷たい社会だなって…。


いやいや、アイプチがあるくらいだから一重の人のためのケアをしてて良い社会じゃないか!って思う方もいらっしゃるかと思います。(そしてアイプチの技術はめっちゃ進化してますねえ)
しかし私が思うことは逆です。
アイプチを使って二重になって可愛くなれ、お前の一重は見苦しいんだ

って言いたいんじゃないですかね、世の一重アンチのみなさまは。(ちょっと大げさかな)

だから一重まぶた女子のアイプチへの需要が高まり、そしてアイプチ・二重ノリを生産する会社はその需要に追いつこうと商品を供給していくんです。
これこそ需要と供給の関係が見事に成り立ちますよね。


目に力を入れる・そしてありのままの自分の目を生かしてメイクをしようという考え方がないと、いくら供給しても需要がないから商品が有り余ってしまいますよね。だから一重に冷たい社会だからこそアイプチの需要が高まっていくんだと思うんです。

アイプチがない平安時代は、おかめ顔の女性がセクシーとされていました。
それから何百年という時がたち、鎖国から脱して西洋の文化が入るようになってきてから目が大きい・鼻がシュっと高い顔がキレイという概念が日本人の脳に洗脳してきたんじゃないでしょうかねえ。
積極的に外国の文化を取り入れて、憲法も参考しに行くくらいでしたからキレイの概念も輸入したんですかね。

「可愛いのは目がクリっとした女の子」

こういう考えが雑誌とかでも主流になるからみんなこぞって二重まぶたに憧れる一重女子はアイプチに励む。そこで運が良かったら二重になる子もいますが、運が悪ければこうなるんですよね
雑誌で二重まぶたのモデルが主流にならなかったら目がでっかいモデルばかり出てこないですよね。パリコレとかのコレクションのアジア系モデルさんはすっきりした一重の方が多いですが、日本のファッション誌の女性モデルはみんな二重。冨永愛さんとかはパリコレに出ていらっしゃるからやはり別格なんだなって思いますけど。

日本基準で考えたら、二重至上主義なんですかね。一重が良いという考えが少しでもあったら一重まぶたのモデルさんを起用すると思うんですよ。
たまに女性誌のメイク企画で一重まぶたメイクが取り上げられるのはいいことだなって思いますが。

やっぱ私も二重の女の子は可愛いと思います。可愛い女の子はほんと見ていて飽きないですよね。
でもそれは天然の二重だから可愛いのであり、偽装二重には無理があると思うんですよ。まあたまに成功例はありますけど。
そういう偽装二重失敗している女の子ほど一重の状態の方が可愛かったりするんですよね。もったいないです。
ありのままの自分の顔を生かして綺麗になるってこともいいことだと私は思います。
二重ばかりが素晴らしいとはかぎらないんじゃないかな。みんな二重になったらみんな同じ顔じゃないか。(一重の私が言っても説得力がないことは重々承知ですw)

とまあそんなことを思いました。
それでも二重至上主義の病はおそらくなくなることはないから、もう日本のある種の文化とわたしは見なしています。
CanCamはぽっちゃりした女の子にフォーカスするという画期的なことを始めましたが、ついでに一重女子にもフォーカスしてほしいですね。多様性求む。