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アメリカンまたたび

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【個人的】立命館の国際関係学部にAO入試で入ってから辞めるまで②:辞めようと思った理由とか

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パート①はこちらからお読みください。立命館の国際関係学部(以下、IR学部)に入ろうと思った理由と、高校時代にやっていたことですね。

【個人的】立命館の国際関係学部にAO入試で入ってから辞めるまで①:入学のきっかけと高校時代にやっていたこと 

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わたしの大学生活の目的そのものはただ勉強をすることでした。国際関係以外にも、高校時代にハマりまくった世界史や、少しハマっていた哲学や宗教も自分で勉強しようと思っていました。哲学や宗教を少しかじった理由というのは、これを勉強することで人間の根本的な考え方とか、なぜ物事はそう起こるのかというのを知っておく必要があったと思っていました。華やかなキャンパスライフってものは、学問をした上で成り立つものだと思っていましたね。

立命館のIR学部は立命館の中でもたぶん花形の学部に相当するのではないかなと18歳当時の自分は思っていました。当時入っていた学生団体でも「国関(※IR学部の通称)なんです〜」と言うだけですごいって言われていましたし、立命の人がいる合コンに行っても国関やべぇみたいに見られていました。今はどうだか知りません。それでまあ酔いしれていたところもあったのでしょうか。まあその酔いもあっけなく冷めました。

これから大学をやめようと思った理由をひたすら書きます。断っておきますが、このきっかけすべては18歳当時のものですからね。今の自分はたぶんそんなことしないと思いますが、今のじぶんがいるのは、18のときにこのようなことを思って大学をやめる決断をしたからなのだと思います。

・大学のカリキュラムそのものが気に食わなかった

一般教養のクラスに歴史を勉強するものがないのがいささか疑問でした。おい、国際関係勉強するんだろ?歴史勉強しなくてどうするんだよボケ!って思っていましたね。日本と世界の戦後史くらいはやってもいいんじゃないかなあと思っていました。

それを当時のクラス担当のN教授にツッコミを入れたら、「うちの学部は学際的な学部だからなあ」と言われる始末。その教授は専門的なことを勉強すればいいのだろうと思っていたのかもしれませんが、基礎のできない奴に専門的なことを勉強することなんてできないと思っていました。事務室の偉いおっさんにツッコミ入れたら、「自分で勉強しろ」って言われる始末。まあ今の自分なら自分で本でも買って勉強しますけど、この時はやはり環境に依存する傾向が強かったですね。

・IRのノリについていけなかった

日本にいたころは、人と違うことをするだけでなんだか人の目が気になってしまっていましたね。周りの同級生たちは東南アジア系のボランティアに精を出していて、わたしもこういうことしなくちゃいけないのかと思うことがよくありました。なんかみんなで同じことをやるっていう現象がとても気持ち悪かったんですよね。

まあそんなこんなで大学でなにか課外活動をするのは嫌だったので、女子大生の学生団体に入りました。当時もメイクとか美容が好きだったので、そういったことをプロデュースしているところで商品開発とかしたいと思っていました。よく大阪まで通いましたね。多い時だと週3とかで行っていました。大学の外で友達ができたし、女子大生らしいこともできたのはよかったですね。よくしてくださる先輩や同期にも恵まれました。まあそこでもいろいろ考えることがあって、大きなイベントを機に結局は辞めたのですけどね。

とにかく人の目ばかり気になって仕方なかったです。人の目から逃れたいって思ったのも、アメリカに行こうと思った大きなきっかけだったのかもしれません。

・大学の学生のダラダラな環境に身を置くのが怖くなった

勉強するという意識だけで引いた目で見られるということがよくありました。授業は一番前で聞くものだと思っていましたし、授業後に質問に行くのも当たり前のことだと思っていました。だけど、それをしているだけで「ゆうきはすごい」って言われることがすごく嫌でした。

ただやりたいことをやって、すごいって言われるってなんなんだと思いました。今では普通にこれらのことはできますが、当時はそういうことをやるだけでも「すごい」の一言がわたしのやる気を減少させていったのも事実としてあるかもしれません。「すごい」って言われることが気持ち悪かったです。どんどんやれよクソって言われた方がよかったかも。

それに授業中に群れるのも気持ち悪かったですね。なんだか18の自分はこのような環境に身を置くだけで、自分も同じようになってしまうのではないかという危機感を感じていました。今では大きな顔して教室の一番前のど真ん中に座れます。だけどそのときは「なんなのあいつ」って見られているような気がしてならかったんですね。これも人の目を気にしていた大きな例の1つです。

・盗用に対する見方の大学の教授の甘さに絶望した

高校の時に、調べたもののソースの扱い方、出典の明記についてとても厳しく指導されました。というのも英語のスピーチとディベートを2年間みっちりしごかれたからですね。そこできちんと信ぴょう性のあるものを調べる癖とかが身につきました。最初はYahoo知恵袋で調べていたようなわたしにとって大きな進歩ですね笑

それが当たり前になった自分にとって、大学のプレゼンにおいての学生のソース明記の下手くそさには驚きました。でも彼らはきちんとしたやり方を知らないので、無理もないかもしれません。わたしもアカデミックなやり方はしりませんでした。わたしはそれをきちんと教えない大学はアホかと思いました。

それを事務のおっさんに言えば「そんなの自分で勉強するもの」と言われますし、クラスのN教授に言えば「学会の発表じゃないし」と言われる始末です。そんな馬鹿な大学がありますかね。たしかに自分で学ぼうとする姿勢や行動はというものは大事だと思います。

だけれども、わからないものを放置するのって大学の教授やスタッフ以前に人間として終わっているなと思いました。1回生のうちから学問として大切なことをきちんと指導するのができない大学って大学として存在価値ないと思います。学生たちもやり方しらなければ、そういうことをやるということにすら気づけないと思う。

目の前の課題に対してひとつひとつ丁寧にやっていくこと。これが大切なんだと思います。できなくても、できるようになるまで付き合ってあげる。過保護かもしれないけど、人間としてやって当然のことだとわたしは思います。こんなところにいたら、真面目になる方が馬鹿を見るのはもうオチだなと思って、抜け出さないとと思いました。

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とまあこれがわたしが大学をやめようと思った理由です。この理由の大元は、環境依存と人の目を気にしすぎた結果だと思います。今の自分は文句を言いながらも、大学に喧嘩売りながら卒業できる精神力がありますけど、18の自分は精神的にも今より未熟で環境依存がとても強かったです。

この時はジャーナリストになりたいと思っていました。大学卒業後はコロンビア大学のジャーナリズムスクールやアメリカの大学院に行きたかったんですよね。だけどこのままぬるま湯のIR学部にいたら、もしも仮に院留学できても授業についていけないのではないかなどの不安がよぎりました。このままこんなところにいたらいけないという危機感がありました。

だから10代のうちに自分を厳しい環境に追い込むことが大事なんじゃないかなと思ったんです。またアメリカの大学がすごく魅力的でした。自由に好きなことを勉強できる、勉強する科目の幅も制限されない、人の目を気にせずに勉強する、そして盗用に対して厳しい環境というのも大切だと思いました。それで大学入学1ヶ月で大学をやめることを決意し、半年以上かけて情報収集に励みました。

このときはすごく孤独でしたね。周りに誰も大学をやめてまで留学しようとする人がいませんでしたから。でもわたしはやると決めたことは最後までやり通す女です。孤独だろうがなんだろが一人で黙々と情報収集しました。京都から東京に夜行バスでイベント参加しに行ったこともありました。これも大学が嫌だから、抜け出さないといけないと思ったからというのが大きなモチベーションにつながっていたのかなと思います。

そんなわたしでしたが、結果的にはアメリカに来てよかったなと思います。母からも逃げやすいお前が辛いアメリカによく居られるよなと思うって言われたことありました。ほんとですね。逃げてばかりいたけど、アメリカにきたからこそ辛いことも、やりたいことも、楽しいことも見つけられました。

アメリカには勉強に打ち込むためにきたのに、成績が壊滅的なときが1年ほどありました。死にたくなっていました。勉強やるって言った自分に対して、不誠実な結果だったのかなと思います。自分でも口だけの人なんて嫌いなのに、その自分が口だけになっててほんと死にたいのループでしたね。

やはりわたしは環境に左右されやすい生き物なのかもしれません。あの頃の精神状態はすべて環境が起因しているものでしたしね。まあ自分の将来に猛烈に悩んで死にたくなっていたのも事実としてありますけど。

だけど環境のせいにしていてもなにも始まらないってことを学べたのもアメリカに来たからなのかなと思います。今では環境のせいにすることはなくなりました。自分の軸をはっきりしっかりさせることこそがどんな環境でもたくましく頑張れる、人生を謳歌できるものなのだと思いました。

まあ本当にいろいろあったけど、今はなんとか成績も良いし、やりたいこともやっているので結果オーライとさせてください。今後どうなるかはわかんないけど。

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