アメリカンまたたび

3年半のアメリカの大学生活を終えて日本に本帰国した23歳女の戯言

【どうでもよくない】若い頃の具体的な目標設定は視野を狭める危険があるとおもった


私が大学をやめた理由の一つに「もっといろんなことを勉強したくなった」というものがあります。

高校生のころは「早く大学に行って自分の好きなことばかり勉強していたい」ってよく思っていましたが、いざ大学に入って授業を受けているとどの授業も一回生なのに専門的なことばかりで飽き飽きしてきたんですよね。
教養科目と言ってもなんだかんだ国際関係学っぽいんですよね。
まあそりゃそうですよね。国際関係学部にいるんですから、国際関係学にアプローチできないと話にならないでしょうし。
そして危機を感じていたんです。最初のうちから専門的なことばかり勉強していたら視野が狭くなるんじゃないのかと。
教授にも話したんですよね。
「一回生のころから専門的なことばかり勉強して、受講できる授業の幅も狭いようではいざ自分の専門を研究していく時に様々な角度から専門を見ることが出来ずに考えが偏ってしまうのではないか」と。
それで「ここは学際的な学部だから」と言われた時にはもうこの学部終わってるわって思いましたね。

そんな事情もあってアメリカの大学のいろんな学問を勉強できる教育システムが魅力的でアメリカに留学をしたというのもありますね。

実際に大学を1年で辞めて、コミュニティカレッジに1年間通って、立命館にいた頃は受講するなんて考えられなかったような科目(数学とか)を受講したり、たくさん英語を書くということを経験したらこんなことを思うようになったんです。
「自分でもこんなことができたんだ」
今まではできるとは思っていなかったことにチャレンジして、それでいろんな人に支えてもらいながらできるようになって、そしたらなんだか見えてくる世界が変わってきたんですよね。
「今まではこういった分野でしかやっていけないと思っていたけど、こっちの分野でもできるかもしれない」とかね。
まあそんなこともあって今は将来どんな仕事をしたいかとか全くわからなくて迷走中なんですけどね笑
でもそれはそれでいいのかなって思います。まだハタチだし。またニューヨーク州に移住して感じることや学ぶことはカリフォルニアにいるときとは違うものでしょうし、そして新たに出てくるでしょうし。

だからアメリカで生活するようになってからいろんなことを楽観的に考えられるようになったのかもしれません。
アメリカ人は楽観的な人多いからそれに影響されたのかもしれないですw

目標設定って素晴らしいことだと思うんですが、間違えると自分の視野を狭めることになると思うんですよね。
一つの大きな目標があって、その目標に到達するためにいろんな道を通るってことは良いことですよね。
でもそこで一直線になってしまったらダメなんじゃないかなと思うんです。柔軟にいろんな角度から考えられなくなってしまって、考えが偏ってしまう恐れがあるんじゃないでしょうか。

私はそれが怖かったんです。だから大学辞めたんです。4年後の自分を想像したら身震いしか起きなかった。

小学校のとき、卒業アルバムに将来の夢を書こうというときに将来の夢なんかわかんないよっていう子が結構いました。
そのときに担任が言った一言が今でも忘れられないんですよね。
「6年生にもなって将来の夢がないようではダメだよ」
小学生なんて男の子なら野球選手とかサッカー選手とか非現実的な夢しか出てこないですよ。別に無理して選択する必要ないんじゃないかと思うんですよ。これからいろんなことを勉強して見つけていくとでも言わせておけばいいのになんで無理矢理やったんだろうって当時の担任を疑いますね。

とまあそんなことを思いました。