アメリカンまたたび

3年半のアメリカの大学生活を終えて日本に本帰国した23歳女の戯言

【朝ドラ】おしんと花子とアンの大正の時代背景を考えてみる


今の朝ドラは「花子とアン」ですね。
赤毛のアンを翻訳された村岡花子氏の生涯を描くというドラマですね。私もアメリカにいながら4月の初回から毎日欠かさず見ております笑

こんな本もKindleで買って予習しました。



大正時代という時代背景がたまらないんです。あの頃の和と洋が絶妙に混合された文化がもう大好きで大好きで。
大正時代と言えばはいからさんが通るやおしんなども大好きです。メジャーどころですね。

1983年の朝ドラである「おしん」と今回の朝ドラは時代設定が同じだから見ていると共通点がちょいちょいでてきます。なので今回はその共通点に注目して今回の朝ドラをより楽しめるような記事を書いていこうと思います。

私が気になった共通点というかポイントは以下のものです。
①地主と小作制度
②憲兵
③カフェーの女給


とまあ大正時代を語る上で欠かすことができないポイントだなあって思いました笑


①地主と小作制度

昭和20年の終戦を機にGHQが農地改革をするまで日本の百姓社会にはこの地主と小作制度が強く根付いていました。
地主と小作の関係は図にするとこんな感じですかね。
photo-8
その地主が治めているエリアに複数家の小作があるということですね。
小作はその自分のとこの地主が決めた量の年貢米を納めければいけません。そして小作が耕せる田んぼや土地はその地主から借りているものです。だから地主は「地」の「主」と書くわけなんでしょうかね。

今週の花子とアンを見ていた方ならご存知かもしれませんが、武というはなの同郷の男が出てきます。はなの会社の同僚などに自分を紹介するとき武は「はなたれのとこの地主の徳丸でごいっす」と言うんですよね。武の父である徳丸さん(カンニング竹山)ははなやその幼なじみの朝市のとこの地主の長であるということです。

だからはなの両親や朝市の母親はこの徳丸家に年貢米を納めているということにもつながります。

この地主と小作制度は当時から日本全国で問題視されていました。不況なのに年貢米の量が多くて大変だから内職をしていかないととてもじゃないと追いつけないだとか。そういうシーンはおしんの方ではたくさん出てきます。
そこで農民運動というものが盛んになっていきます。
農民運動というものはこの地主と小作の制度をなくそうという運動のことですね。
おしんの初恋の人である浩太さんは若い頃にこの農民運動に命を懸けた人で全国各地を飛び回っているという描写がいくつもされています。
この話は憲兵の話に繋がってくるのでこのまま②にいくことにしましょう。


②憲兵

憲兵とは軍の警察みたいなもので街で風紀を乱すような行動・活動をしている人がいたら取り締まるっていった人たちのことを示します。

おしんや花子とアンに出てくる憲兵は社会に反する者を取り締まるといった印象を受けます。社会に反する者は俗に言う「アカ」です。

では先ほどした農民運動の話に戻りましょう。
農民運動に尽力するような人間は当時は御法度なものだと見なされていました。
なので浩太さんはよく憲兵にマークされてて尾行されていました。隠れながらコソコソと生活をするわけです。
おしんも浩太さんのことが好きですからいろいろかくまったり、メーデーに浩太さんがいないかとか見にいくんですよね。それでよく警察のお世話になってアカだアカだといびられてしまいます。アカだという噂が広まって下宿先から追い出されるということもありました。

他におしんで憲兵が出てくるシーンと言えば最初のほうのシーンです。
奉公先が辛すぎて雪の中逃げ出したおしんを助けてくれた俊作あんちゃんが殺されてしまうシーンですね。
俊作あんちゃんは脱走兵で雪が深く積もった山奥の小屋でひっそりと暮らしていました。兵隊から脱走してしまったわけですから堂々とすることはできませんよね。俊作あんちゃんも社会に反する者としてマークされ続けてました。
そしてある日おしんと2人で歩いている時に憲兵に見つかって撃ち殺されてしまいます。

花子とアンでははなとかよの兄さんである吉太郎が憲兵として働いている姿が見受けられます。はなの腹心の友である蓮子さんの不倫相手である宮本龍一をマークしているわけですよね。宮本龍一は社会主義活動をしている東京帝国大学(今の東大)の学生です(モデルとなった人物は弁護士だった)。社会主義の活動も当時では社会に反する活動ですね。はなのお父さんも行商の途中に社会主義の活動に協力していたことがあって、そのときにお父さんが敬っていた人も憲兵に取り締まられて捕まっているシーンが以前にありました。それほど当時は御法度な活動だったことがこういった描写からわかります。


③カフェーの女給

花子とアンでははなの妹であるかよが銀座のカフェー、ドミンゴの女給ですね。おしんでもお加代さんというおしんが山形の酒田で奉公していた家のお嬢様が東京へ絵描きになるとか言って出てきたのに女給として働くところが少しだけ出てきます。偶然にも名前が同じですね。そして2人とも銀座のカフェーです。

女給は今でいうところのウェイトレスでしょうか。カフェーでお茶やお食事を出して、お客さんのお話相手になるような人のことですね。

カフェーにもレベルがあったらしいですね。おしんは神田にあるアテネというカフェーの女給の髪結いとして出髪で働いていたときに贔屓の客であるソメコさんから銀座のカフェーへ出髪へ行ってほしいと頼まれるシーンがあります。そこでソメコさんは言うんです、「そのお店うちなんかとは全然格が違うのよ、文士とか絵描きとかインテリゲンチャってのがくるんだって。だから女給もみんな女学校なんか出てたりしてさ。」



だいたいこのビデオの10:40あたりからですね。
女給って失礼ですが女郎より少しいい感じぐらいの職業だと思ってたんですよね。でもこうやって教養が求められるとこもあるのかってこのセリフを聞いた時に思いました。
たしかにこの当時でカフェー遊びができるような人ってそこそこのお金持ちじゃないとできないことですよね。


私が気になったポイントはこの①〜③でした。これを覚えておくと大正時代が背景のドラマや映画を見る時に役に立つかと思うのでよかったら覚えておいてください。
おしんもこの機会に見てみたらどうでしょうか。