アメリカンまたたび

3年半のアメリカの大学生活を終えて日本に本帰国した23歳女の戯言

【京都時代】1年間の日本の大学生時代の哀れみを思い出した


このことをブログに書くのはもしかしたら初めてかもしれません。2012年4月から2013年1月くらいまでの私の様子でございます笑

----------------------------------------

ふとこんなことを書いたら思たより多くの方にRTをいただきました。
もうR大学の悪口を言うのはやめようと思いつつもなんだか二年前のことを思い出してしまいましたね。

そんでこんなことも書きました。
俗にいうぼっちってやつですか。まあよくやってましたね笑
今日本の大学に行ってやれって言われたらあーもうできませんね。
日本の大学生が怖いもので…。(ご参照ください→【どうでもいい】京都の元女子大生が見た東京のリア充大学生の観察レポート)

私が行ってたR大学IR学部は国内の国際系学部の中でもトップクラスをいくとかなんとかほざいてネームバリューにやられた私はそれで半分入ったようなもんだったんですけど、まあ授業はカスをきわめておりました。学生のやる気はないわー、教授も適当だわー、おめえどこ見て話してんだよって教授に対してよく思っていました。

もちろん面白い授業もありましたけどね。

まあ大学に絶望を感じていながらも授業料を親に払ってもらっている以上は授業は真面目に受けないと申し訳ないし、私はそもそも勉強がしたくて大学に来たわけであったので授業だけは一番前で真面目に聞いていました。
授業中に遊ぶようなチャラチャラした大学生と一緒にされてたまるか!っていったような恥ずかしい闘争心までも抱いてました。あー恥ずかしい。若いな…。

本もかなりたくさん読んでましたね。よくAmazonでいろんな本を買っては大量に読んで勉強してた。

そんなこんなで1年間の大学時代の前期は周りとの馴染めなさと葛藤で毎日高校のときの友達に泣きのLINEをしてましたなあ。あの2人にはほんと感謝ですよ…。私の愚痴をずっと聞いてくれた…。

名目上ではいろんなことを勉強したくなったとか言ってますが、実際のところは大学から逃げたかったんです。それで大学辞めたんです。もちろん大学の授業は取れるものが限られてていろんなこと勉強したくなったというのもありましたけど、これは4割くらいであとの6割は逃げたい気持ちでした。


その当時は大学を辞めて留学をするなんて人は私が知る限りでは皆無でしたので毎日不安に押し殺されそうでしたね。あれが初めて味わった孤独でしょうか。友達はそれなりにいるし、女子大生の団体に入っていたからなんとか毎日忙しくも楽しく過ごしていたのでしたが、心の何処かで常に孤独を感じていました。

だから思うんですよね。孤独って友達とか頼れる人がいないってことじゃないのかもしれないって。

まあ留学に対して不安な気持ちがとても大きかったんですが、それよりも日本の大学に残ってこのまま4年間を過ごして卒業した中身のないであろう自分のほうが不安だったので、そのモチベーションで留学について調べに調べまくってました。


たぶんあのモチベーションがなかったら留学してなかったと思う。

とまあそんな葛藤の日々でした。悩みすぎてハゲるかとも思ってました。あんなに悩んで泣いたのはこれからの人生でももしかしたら最初で最後かもしれません。
今でもいろんなことで悩みますが、あの頃の悩みに比べたら屁ですよね。

母は思ったよりもあっさりと留学を了承してくれました。私が悩みすぎて大泣きして「こいつは泣くほど大学が嫌いなのか」とでも思ったのでしょうか。
まあそうですね。毎日泣くほど大学大嫌いでしたから。てか下宿のアパートにいるときは泣いた記憶しかない…。
鬱病にでもなって自殺されたら困るからと言ってた気がします。まあそれほど大学に4年間いることへ不安を感じていたんですよね。

とまあそんな不安と葛藤を乗り越えてアメリカへ来たことは正解だったかなと思っております。18歳の自分が下した決断は今でも自分にとってベストなものだったと信じてますね。
あのころは毎日泣くような生活でしたから考えが偏ってたけど、そういうのが一切なくなって柔軟に物事に対処できるようになってきたのかもしれません。性格そのものを丸くしてくれた気がする。
だから怒ることもなくなったし、何もかも適当になったからどうにかなるでしょ〜って軽くいろんなことを捉えるようになってきたのかもしれません。

苦手な英語もできるようになったし、素敵な先生やスタッフ、友達に出会えていろんな面で成長できたんじゃないかなと思ってます。

大学は嫌いだったけど、大学のときの友達とは今でも仲良くしていただいてこれについても本当に嬉しいし感謝ですよね。そんな友達と出会えたことは大きですね。

そんなこんなで私のどうでもいい大学時代の哀れみでした。