アメリカンまたたび

3年半のアメリカの大学生活を終えて日本に本帰国した23歳女の戯言

【またたび大学院留学⑧】出願する大学院選びの裏話、ヨーロッパの学校を受けなかった理由

以前、またたび流の大学院探しの仕方についての記事を書いた。

americanmatatabi.hatenablog.com

大学を探してから、出願先を選ぶプロセスについて書いたことがなかったので、今回は「出願先選び」について書こうと思う。

フィンランドやデンマークの大学も目をつけていた

わたしが大学院に行こう、と決めたとき、専攻は異文化コミュニケーション(以下、ICと書く)にする予定だった。ICで有名な大学を上記の記事の方法で調べていた。そこでわたしはフィンランド、デンマーク、オランダにICのプログラムがある大学が目についた。

院でヨーロッパに行くのもいいと思った。学費も安いし、またアメリカにはない新しい異文化の経験ができると思った。最初は結構乗り気だった。英語で授業が行われるプログラムしかないし、アメリカの大学を卒業しているわたしはTOEFLも免除になる。メリットしかないと思っていた。

当時連絡を取り合ってた留学時代の男にもヨーロッパに行こうかなって話し、すごいいいねって言われたのを覚えている。

その後、わたしは教育学専攻にすることにしたけど、ヨーロッパの大学を出願するのをやめた理由がいくつかあった。

①これ以上カルチャーショックになるのが嫌だった

茨城の高校を卒業してから、わたしは京都、カリフォルニアの田舎町、ニューヨークの州都、東京、と4つの全然違うところで生活をしてきた。その度にカルチャーショックに苦しめられた。東京を除き、どこも知り合いがゼロからのスタート。全く違う文化や考え方。人の雰囲気。慣れてきた頃には引っ越し。そんな生活にうんざりしている自分がいた。

ヨーロッパに行けたとしても、そうなる自分が目に見えていた。またゼロからのスタート。わたしは異文化適応能力が著しく低いし、人見知りである。仲の良い友達を作るのにも苦労してきた。新しい場所にはとてもワクワクするが、また見知らぬ土地で葛藤するという同じことを繰り返すのが嫌になった。

そして言葉に苦しむのももう嫌だった。大学院の勉強で忙しいのに、英語以外の言語を勉強する余裕はわたしにはなさそうな気がした。学部時代に英語頑張れたのは、日常生活でも大学でも英語を使うからだ。英語が理解できないと何もかも話にならない世界だったのだ。

ヨーロッパに旅行で行ったとき、街の案内やスーパーの商品は当たり前だけどすべて現地語だった。それにストレスをすごい感じてしまっていた。人とのコミュニケーションは英語で成り立つけど、買い物ひとつ満足にできないことが嫌だった。

フィンランドでもスウェーデンでも水が買えなかった。ミネラルウォーターが欲しいのに、買ったのはなぜか炭酸水。人に聞けばいいってなるけど、毎回毎回聞くのもストレスになるんだろう。

勉強以外のストレスを最小限にしたかった。

だからわたしはヨーロッパの大学院を受けるのはやめて、アメリカ国内の大学にしぼることにした。

じゃあどこならわたしはいいのか、と考えた。

②知り合いが近くにいるところに戻るのが最良な選択だと思った

NYUに受かったことは、わたしにとって本当に、本当に、ベストなことであると強く思う。

自分がかつて暮らしていたオルバニーからは3時間かかるけど、言い換えれば3時間北上すれば友達も教授もいる。今フリーランスで働いている会社の上司もニューヨークにいる。大学時代によくお宅に遊びに行っていた、大好きな日本人の方もニューヨークもいる。

心から信頼できる方々にすぐに会える、会いにいけるところがNYCなのである。

新しいところで一から自分の生活を築くことはものすごく大変だった。別に楽な道を選んでいるわけではないけど、信頼できる人がいる場所で生活を始めることが院生生活を始める上で大事にしたいと思ったことだった。「新しい場所で新しい生活をしていくこと」に疲弊してきた今のわたしは、安心感が大事なのかもしれない。

オハイオとマサチューセッツの大学も受けていたけど、行く気がしなかった。ヨーロッパと同様に、またゼロからのスタート。言葉がわからないストレスは学部時代ほどではないだろうけど、知り合いがいないし(当たり前だけど)、また一から自分の生活基盤を作るのに疲れたというのもある。

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わたしの大学院選びにはこんな裏話があった。このことはものすごく時間をかけて考えた。今でも自分が出した結論、そして選んだ選択がベストであるし、満足している。

ぶっちゃけNYCでも新しい生活基盤を作らないといけないけど、信頼できる人みんなが近くにいると思うと頑張れる気がする。院生生活が楽しみである。