アメリカンまたたび

2018年秋からニューヨーク大学の大学院で留学生教育を勉強する予定。

元留学生の大学卒業後の心境の変化 vol.1 Yukaさん〜逆カルチャーショックから日本での道を見つけるまで

アメリカンまたたびでは、元留学生の皆さんに卒業後の暮らしや、キャリアプランの変化、心境の変化などを聞く連載を始めることにしました。大学から卒業して数ヶ月〜1年もすれば、卒業時に考えていたキャリアや将来と今の考えは大きく異なるもの。そんな元留学生の心境やキャリア、ビジョンの「変化」にフォーカスしたいと思っています。 

第1回目のインタビューは、アメリカの名門リベラルアーツ大学を卒業し、現在は東京で働くYukaさん。卒業後はアメリカで働こうと思っていたそうです。どんな変化があり、今に至ったのでしょうか。

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Yukaさん

インディアナ州のリベラルアーツ大学であるDePauw UniversityをHonor Scholarとして2017年春に卒業。専攻は平和学、副専攻はビジネスとアジア学。在学中にはAlpha Chi Omegaというソロリティに所属していた。大学卒業後に2カ月間サンフランシスコに滞在後、帰国。大阪での英語講師の仕事を経て、現在はタクトピア株式会社でラーニングデザイナーとして活躍している。 

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卒業時に考えていた、アメリカに残るキャリア

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またたび:大学を卒業する直前は、どんなキャリアや将来をイメージしていた?

Yuka:アメリカのHigher Education(高等教育)の分野で働きたいと思っていたの。大学時代、入試やキャリアセンターのオフィスで働いていたし、大学生と一緒になって何かをやるっていうことが楽しかったんだよね。

だからHigher Education関連の大学院にたくさん出願して、面接もよく受けに行ってたかな。その一方で、マーケティングやコンサル、プロジェクトマネジメントの仕事にも興味があったから、LinkedInで300-400件くらいの仕事に応募してた。

またたび:当時はどんな心境で大学院に出願したり、仕事に応募したりしてた?

Yuka:うーん、やっぱり周りの友達が次々と進路が決まっていく中、自分だけ決まらないことへの焦りがすごかった。ちょうど3月ごろだったかな。

アメリカの大学生は就職先をゆっくり決めるイメージがあると思うけど、私がいた大学はそういうことはあまりなくて。むしろ卒業前に就職先や進学する大学院を次々と決めていく人が多かった。Higher Educationやりたい気持ちと、その分野しか知らないから他のところも見た方がいいんじゃないかっていう気持ちと、焦りでごっちゃになっていたね。

当時、大学の卒業生と会う仕事をしてて、”What are you going to do after you graduate?” って聞かれるたびに結構プレッシャーだった。特に、私は大学内でも積極的に活動している方だったから、余計に焦りがあったかも。

またたび:そういえば日本での就職は考えなかったの?

Yuka:当時はまったく考えていなかったかなぁ。そのときは日本で働くことに抵抗があった。女性が働きにくそうな社会だと思っていたし、高校時代の友達で日本の大学に進学した子と話が合わなくなってしまったことも多くて、なんだか日本に住むということが自分の中でしっくりこなかったんだよね。だからボストンのキャリアフォーラムにも行かなかった。

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またたび:卒業時にどこかからオファーをもらったりしていた?

Yuka:卒業の1か月前にインディアナにある大学のHigher Educationのプログラムからオファーをもらっていたよ。学費は全額免除だったし、キャリアセンターで働く人との馬が合っていたし、すごくいいオファーだなあと思っていたの。だけど保留にしてもらって、サンフランシスコでOPT(著者注:留学生が与えられる1年間のアメリカ国内での就労許可)の仕事を探すことにしたんだよね。

またたび:インディアナの大学院に行くことを保留にしたのはなぜ?

Yuka:正直かなり迷ったんだけど、大学を卒業してすぐに大学院に行くよりも、まずは実務経験を積みたいなって思ったの。外の世界を知る必要性を感じたんだよね。あとは、卒業してからさらに2年もインディアナにいるということに違和感もあったなぁ。

インディアナは第二のホームだし、とても愛着があるところで大好き。でも一方で当時はバブルの中にいるような気分だった。居心地は悪くないんだけど、ずっと住みたい場所じゃなかったんだよね。4年も過ごしたし、まだ若いから、違うところに行ってみたくなったの。

予想外のOPTの結果と日本本帰国

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またたび:そのあとにサンフランシスコに行ったんだね。

Yuka:そうそう。NPOでリサーチのボランティアをしながら、就活を続けていたの。最終選考まで行った面接とかもあったんだけど、OPTの受理がされなくて結局アメリカで働けなくなっちゃったんだよね。だから急に日本へ帰国しないといけなくなった。

またたび:受理されないってことがあるの?

Yuka:OPTは自分で申請するし、会社からのオファーさえあれば、ほぼ100%働けるんだよね。でも私の場合は、郵便が届くのが遅れたみたいで、申請書類が届くのが1週間くらい遅れちゃったらしく、2017年の7月末頃に「受理できませんでした」っていう連絡が来たの。

またたび:連絡が来たとき、どんな気持ちになった?

Yuka:頭の中がもう真っ白だよね。これまで頑張ってきたアメリカ国内での就活がすべて水の泡になったっていうことだから。今後どうしたらいいのかがわからなくなった。ちなみに連絡をもらったのが火曜日で、アメリカを出たのは土曜日だったかな。

日本で第一歩を踏み出すまで

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またたび:衝撃的だったOPTの件があって、その後日本に帰国して。当時はどんな気持ちだった?

Yuka:一刻も早くアメリカに戻りたいと思っていたよ〜!帰ってきてすぐの頃は、日本社会の不条理さ、不平等さ、正義のなさとかネガティブな側面がたくさん目についてしまって仕方なかった。

実家にいると、テレビがよくついているから、そんな「日本」がよく見えてくるんだよね。両親とか周りの人がそういったテレビ番組に悪気はないんだけど乗っかったコメントをしていたのとかがすごくしんどかった覚えがあるかな。

考え方や価値観がインディアナでの4年間で大きく変わったし、英語でインプットしたことを日本語でアウトプットするのもしんどくて、両親とすら会話がうまくできないことが多くて正直苦労した。そのときは将来はどうするのかっていう話も多かったね。

またたび:帰国直後はどんな進路をイメージしていた?

Yuka:アメリカに戻りたかったから、2018年の春学期スタートのHigher Educationのプログラムを探していたかな。MBAへの出願も実は考えていた。結局出願はしなかったんだけど、そのときは大学院に行くことが頭にあったよ。

またたび:英語の先生として働き始めたのは、その頃?

Yuka:そうそう。家でダラダラしていないで、働きなさいって母に言われて仕事を探し始めたの。

またたび:お母さんから何も言われなかったら、どうしてた?

Yuka:うーん、もう少しゆっくり休んでから、仕事を探し始めていたかも。働かないという選択肢はなかったよ。働かずにいると、私はその状況に飽きてきてしまうだろうからね。

英語の先生として働いたからこそ見えてきた世界

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またたび:英語の先生として社会復帰をしてから、何か考えとか方向性が変わったことはあった?

Yuka:Higher Educationの分野でキャリアを積みたいと思っていたけど、本当にHigher Educationでいいのかな?って迷い始めたの。英語の先生として働いていて、今までそこまで強い関心がなかった英語教育に興味が出てきて。子どもたちに英語を教えるのはもちろん 、保護者の方々と一緒に教育を考えるのが楽しかったんだよね。

またたび:これまで見えなかった世界が見えるようになったんだね。

Yuka:そうなの。英語の先生の仕事をきっかけに自分の興味関心の幅が広がって、選択肢が増えてきたの。まだまだ日本でできることもあるし、この中途半端な状況で大学院にはいけないと思ってしまった。だから大学院を探すのもストップして、今を楽しもうってことにしたの。

またたび:中途半端な状況って、具体的に言うと?

Yuka:自分がやりたいことをもっと模索したいと思ったの。人がハッピーに生きるためにはどうしたらいいのかとかをよく考えてて。英語を教えることで、Teacher’s Training(先生への教育)とかマネジメント、脳科学にも興味が持てた。あと平和学を大学で専攻していたから、対話にも魅力を感じるの。

これらの要素をどのようにして教育現場に持っていくことができるのかが、その当時も今もまだまだわからないんだよね。それがわかったときに、大学院に行くべきなのかなって思う。

2018年、「飛躍の年」

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Yuka:新年になると、みんな新年の目標とか、テーマを決めるよね。私は、2018年は「飛躍の年」っていうテーマにしてみたの。場所とか肩書き、過去にとらわれずに、新しいことに挑戦していく年にしようと思って。

またたび:具体的には?

Yuka:「飛躍の年」ということもあって、新しい 仕事先を探すことにしたの。働いていた英語教室は大好きだったけれど、もっと何かしたいって思って。

ちょうど1月頃はシンガポール、ベトナム、北京にある3つの会社それぞれから選考の話をもらっていたよ。東京に行くという選択肢が今までなかったんだけど、 でもこのとき初めて東京でもいいかもとは思った。

またたび:仕事を探す上で、なにか譲れないものとか、軸みたいなものはあった?

Yuka:いわゆる正規ルートでの新卒の就活はしたくなかった。まあ1月だったし普通の会社は選考はしていないから無理な話ではあったんだけど。あとはリクルートスーツを着た就活もしたくなかった。リクルートスーツじゃないものを着ていって、判断されるような会社には行きたいとは思えなかったの。だから中途採用を探していたよ。 

またたび:どんな職種で仕事を探していたの?

Yuka:教育がすごい好きだけど、コンサルをやりたいと思ったから、コンサル関係もよく見てた。あと英語教育もやっぱり魅力的。いろいろ見てはいたけど、正直どれもピンとこなかったんだよね。

またたび:「こんな仕事をしていきたい」っていう自分の中での方向性はあった?

Yuka:英語の先生をやっていて嬉しかったことがあって。それは私が指示をしなくても、子どもたちが自主的に宿題をやってくること。自ら新しい目標を作って勉強してくれること。そして英語が楽しいって思ってくれること。

英語ができるようになるというよりも、自分で考えて行動する力をつけてくれる子どもたちを見ていることが幸せだった。そんな経験もあって、みんなが主体的に自分の人生を考えてデザインしていける教育に携わっていきたいということを考え出した。

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またたび:そんなときに今の仕事に出会ったの?

Yuka:そう、1月の末だった。何気なく「教育 多様性」とか、「教育 主体性」とかで検索して出てきた一覧の中に今の会社があった気がする。ホームページを見て、会社の事業内容に一目惚れしたの。

またたび:運命というか、ビビッとくるものがあったんだろうね。

Yuka:そう!だから面談や面接もすごく楽しかった。最初の面談で「一目惚れしたので、両思いになれるように頑張ります」って言ったのを覚えている。フィーリングも合ったんだよね。

よくある面接みたいに、長所や短所とか、形だけの志望動機みたいなものは全く聞かれなかったのがすごくよかった。私のビジョンとか今までの人生とか考え方とか、一人間としていろいろな角度で見てくれたんだよね。媚びを売る必要もなく、対等に話ができたことが、「ここだ」って改めて思えたのかも。そして3月の初めに内定をもらったよ。 

就職した今、そしてこれから

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Photo Credit: 菅原幹人

またたび:就職してあと少しで3か月。最近の仕事はどう?楽しい?

Yuka:大変だけど、すごく充実している。私にはベンチャーっていう特性が合っていたのかなあと思うんだよね。大きなプロジェクトを入社早々任せてもらえることもあって、毎日チャレンジしていくことができるのが嬉しい。今後は自分で営業から運営までプロジェクトを進められるようになりたいと思ってる。

またたび:今の職場の環境がYukaに合うってことなんだね。

Yuka:そうなの。働く環境とか、一緒に働く人って大事なんじゃないかなと思う。今の環境もそうだし、前の職場も楽しかったの。国際色豊かなところだったから、それが日本に残るきっかけにもなったし、今の道に進むための後押しになったね。

だから今、居場所がないって悩んでいる人がいたら、もう一歩頑張って外に出てみるといいかもしれない。快適に過ごせる場所は、実は世界中にあるんだと思う。私はそういうことに寄り添える人になっていきたいな。

またたび:Yuka、今日はありがとう! 

インタビュー後記

Yukaとはかれこれ4年くらいの仲です。Yukaの話を聞いていて、自分がやりたいことに正直に生きることの大切さを感じました。今自分がいるところが好きになれなくても、自分の「やりたい」や「好き」を大事にして、行動し続けると自ずと自分が生きるべきところが見えてくるもんなんですよね。

特に大学正規留学を経験すると、就職で日本に戻ると逆カルチャーショックに多くの人が苦しめられます。辛い時でも自分の心に向き合うことこそが、今後の人生を明るくしてくれるのではないでしょうか。