アメリカンまたたび

3年半のアメリカの大学生活を終えて日本に本帰国した23歳女の戯言

4年ぶりの京都。大学を辞めて留学してよかったと再認識した

3月21日に有給を取って京都に行ってきた。NY時代にお世話になった教授が京都旅行をするとのことで、一緒に苔寺へ行こうと誘われた。なかなか京都に行く機会もないし、アメリカに戻る前に行っておきたいと思った。ということで夜行バスに乗り、日帰りで京都に行った。

ご存知の方も多いと思うが、わたしは京都には1年ほど住んでいた。もともと大学に行っていたのだ。しかしまあ、カルチャーショックと方向性の違い、学部の教授たちが本当にクズだらけだと思ったから中退し、わたしはアメリカに行ったのであった。

京都を訪れたのは、おそらく4年振り。最後に行ったのはニューヨークに引っ越す前の夏休みだったと思う。

教授との待ち合わせは午後1時。朝の7時に京都駅に着いてからは、思い出の地巡りをしていた。

思い出の地 - 立命〜鴨川〜四条河原町

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まずここだ。立命館大学に来た。5年前に1年だけ通った大学。

春休みシーズンなので、キャンパスには誰もいなかった。わたしはただキャンパスをウロウロしていた。

自分がよくいた国際関係学部の学部棟とか、よく授業を受けた大教室とか、いつもいたところをただ見に行った。図書館がなくなっていて、庭園になっていたのには驚いた。

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そしてここは通学路。この道を歩いたり、自転車に乗ったりして毎日大学へ行っていた。当時わたしは大学から歩いて10分程度のアパートに住んでいた。

その後はよく乗っていた嵐電で仁和寺へ。桜のシーズンではなかったので、綺麗なお花が見られなかったのは残念だった。嵐電、本当に懐かしかった。大阪によく遊びに行っていたので、その時にわたしは嵐電を使っていたのだ。

それから今出川通を抜けて、鴨川へ。同志社のあたりもよくチャリで遊びに行ってたので懐かしい。

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四条とか三条のあたりは1回生の時の遊び場だった。遊びの帰りにここからバスに乗ったなあとか、ここのモスバーガーで友達と待ち合わせして合コン行ったなあとかw、ここで買い物したなあとか、そういう思い出に浸っていた。

苔寺 - Moss Temple

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そしてメインの苔寺。教授とそのお仲間の教授たちとお寺の庭園を散策した。

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苔寺はとても美しかった。苔しかないから、緑だらけなんだけど、緑だけでこんなに美しくなるんだと感嘆した。苔寺に行くにははがきによる予約が必要で、いろいろ手間がかかった。でもこの手間をかけてまでここに行くことができてよかったと心から思った。

寺町通のカフェ

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少し話し合いをするために教授と一緒にカフェに行った。雨だったので、とりあえず適当にどこかのカフェに入ろうということで入ったここ、とても雰囲気の素敵なところであった。

上島珈琲店。奥のソファ席は小さな中庭が見渡せるようになっている。この中庭が京都らしくて本当にいいなあと思っていた。その後、教授に地下鉄の乗り方を教え、ホームまで見送った。

ハワイの大学に行かれていたAlyssaさんとハングアウト

夜は、しばらくTwitterで仲良くさせていただいていたAlyssaさんという方と初めてお会いし、ビールを飲みに行った。ハワイの大学院で異文化コミュニケーションを学んでいた方である。わたしが勉強したい分野とかなり近い分野の勉強をされていたそうだ。

大学院のこと、修論のこと、ハワイのこと、たくさんのお話を聞くことができた。またお互いに悩む、日本での暮らし方も大きな話のトピックだった。Alyssaさんの感じ方とか、考え方が本当に共感することだらけだったのだ。ここまで近しい考え方の人に会うことはこれまでになかったので嬉しかった。

そして異文化コミュニケーションの専門とするAlyssaさんに、「ゆうきさんが日本で悩んでいることは、おかしいことじゃないし、海外で暮らした人なら誰しもが遭遇する可能性が高いこと」と言われたことが、東京での葛藤から救われるようだった。

東京では、発言すればすぐに叩かれる、他の人と考え方が違くて辛い気持ちになる、自分の考えを受け入れてくれる人がなかなかいない、ということで孤独な1年だった。もう少し日本独特な習慣や考えを受け入れないといけないと思う時期も多かったが、わたしにはそれができなくてまた悩む感じだった。だけどこのわたしの葛藤は間違いではないっていうことがわかっただけで、それだけで嬉しかった。これからも頑張ろうと思えた。

京都で思ったこと

大学院に受かったこのタイミングで、京都に戻る機会があったのは個人的によかったと思っている。京都はとてもきれいなところだし、辛くても楽しかった思い出がたくさん詰まっている場所だ。5年前はただただ大嫌いだったが、今は大好きな場所だ。

だけどわたしはもうここで暮らすことはないだろうし、大学を辞めてまでアメリカに行ってよかったと心の底から思っていた。京都はわたしにとって旅行でくるところ。住むところではないみたいである。

旅行と暮らすことって、似ているようで全然違う。暮らすということは、その地に根をはって、地元の人と協力しあって生きていくことなのだ。茨城で生まれ育ったわたしは、京都は異世界だった。アメリカ以上の異世界だ。大学を辞めようか悩んでいたとき、高校時代の恩師に「ゆうき、京都は君にとってプチ外国だよ。京都でうまくやっていけなくて、アメリカでもうまくやっていけるわけないだろ」と言われたのを鮮明に覚えている。京都とアメリカは違う。わたしにとっては同じ日本の京都よりも、カリフォルニアやNYの方が住む場所としては合っていたのだ。

京都に住み続けていても、わたしはなんだかんだ慣れることでうまくやっていけたかもしれない。でもわたしはアメリカに行ったことで、人生の選択肢を増やせたような気がする。

アメリカで鬱になったしさ、ルームメイトと喧嘩しまくったしさ、成績落ちてプロベーションの宣告されるような、本当にクズ留学生だった。それでも京都で大学を辞めたことを一度たりとも後悔していないということを、4年ぶりに京都を訪れて再確認した。